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私がグラフィックデザイナーを辞めた訳(1) 

前の記事でも書いたが、私が35年以上も専門にやって来た
グラフィックデザイナーを辞めたのには、いろいろ理由がある。


デザイナーという職に就くなら誰もが考えることであろうが、
デザイナーというのは優秀なデザインを求められているのであり、
優秀なデザインが出来てこそ認められるのである。


グラフィックデザイナーを始めた頃は、
とにかくできるだけ優れたデザインを作ることしか考えていなかった。


最初は広告代理店に入り、
テロップという手書きのテレビ広告を描いていたのである。
横10cm縦7cm位の小さなカードに毛細筆で小さな文字を活字と同じように描き、
それが昔のブラウン管のテレビ画面に拡大され、コマーシャルとして映るような仕事をしていたのである。


もちろん、そのような広告だけではなく、印刷物や新聞などの広告デザインもあった。
しかし、印刷物の広告については、当時は私はよく知らないということもあり、
ある印刷会社に入って、そこで印刷物のデザインが出来るように学ぶつもりで他の印刷会社に入社した。


それからいろんなことを経験し、数年後、
ある経緯から、某百貨店の宣伝部に入ることになった。


それまでは、私は、いつもの仕事のやり方で、
頭に浮かんだアイデアを、すぐ形に現すというやり方で仕事をしていた。
つまり、あれこれアイデアを考えていたのでは、とても採算的に合わないという
いつもの習慣からそうなっていたのである。
そのために、頭にアイデアが浮かんだらすぐさまそれをデザインにしていた。


だが、百貨店のデザインの仕事はそれとは全く違う。
とにかく、誰が見ても一番優れているという最高のデザインを要求されるのである。


それまでのやり方で、頭に浮かんだらすぐそれを制作するという考え方では
とても、そのレベルのデザインは出来ない。


最初は、あまりにも沢山のデザインをこなしていたのだが、
百貨店に入った途端、それまでのやりかたは180度変えられ、
良いデザインを考えるのに十分な時間が与えられていることに気が付いた。


このような経緯から、
最初は百貨店の仕事はとても楽に感じたのである。
つまり、こなす数が少なければそれだけ楽だからである。


だが、そこで長く仕事をしているうちに、その考えもだんだんと変わって来た。
とにかく最高のデザインを考えるというのは、いろんな専門の広告書を参考にしながら、
その中から一番優れたアイデアを思いつかなければ、良いデザインは出来ない。


それに慣れてくると、だんだんといつもよりより多くのアイデアを考えるようになり、
その中から、一番良いものだけを選んで、さらにそれを形に仕上げていくという考え方に変わってしまった。
頭の働かせ方は、百貨店以前の時と同じほどに忙しく考えるようになり、
制作時間は早くこなすという、以前とは全く違ったやり方に変わって行ったのである。


つまり、以前に考えていた仕事の時間よりは、
たった30分程、よりたくさんのアイデアを考えるが、その中から一番良いものを、
さらに厳選して、それを完成されたデザインに仕上げていくという方法である。


その百貨店の仕事に慣れれば慣れるほど、だんだんと忙しくなってきた。
それが優秀なデザインを制作するためにはとても重要であると、
その宣伝部に入って、初めて気が付かされたのである。


その時は、出向社員という契約でそこに入っていたので、
元の会社の社員が大勢辞めたら、私はその会社(個人デザイン会社)に引き戻された。


百貨店から離れると、そこで電通のデザインの仕事を担当していた。
しかし、個人会社というのは、何から何まですべて全部やらなければならない。
営業として仕事を取ってきて、自分で制作し、その出来上がった仕事をまた得意先まで持って行って、
さらに、その制作料金の伝票まで自分で書くという風に、
本当に何から何まで、すべてを一人でこなさなければならないのだ。


そのうち、車を運転したり、制作に手を使ったり、あまりにも激しく手を使っているものだから、
手首が腱鞘炎に近い状態になり、鉛筆を持つ手にも力が入らなくなった。


当時は、その会社で私は課長という肩書を与えられていたのだが、
電通という会社の仕事はそれなりにレベルの高いものを要求される。


中々、部下に任せられないような仕事ばかりであった。
その部下の賃金の低さも(ほとんどこれ以下の賃金で雇ってはいけないという最低賃金)、私は可哀そうに思っていたので、仕事も思うようには振り分けられなかった。


他のデザインをしている人も、副部長などという肩書を与えられていたのだが、
その人も、他の会社の仕事を沢山引き受けて来ては、部下に沢山仕事を回していたからである。


そこで私はもう少し下の社員の給料を上げてやってもいいのではないか?
と、その社長に言ったのだが、○○君、それは違うよ!!と、一蹴されてしまった。


私は、こんな安い給料では次から次へと仕事はさせられないと思っていたので、
その社長の冷たい対応には我慢できなかったのである。


その会社のデザインという仕事は、とにかく沢山こなさなければ収益が出るような仕事ではなかった。
都会であればデザイン料も高く取れるのであろうが、
地方ではデザイン料というのはほんとに安い!!
一つが数千円程度の料金である。
(今は少しは料金も昔とは変わっているだろうが)
ましてや、個人会社というのはその一番下の下請けである。


時間を掛けていては、とても採算が合わないような仕事ばかりである。
それにデザインというのは非常に時間の掛かる仕事でもある。


とにかく、数をこなさなければ利益が出ない。


私が優しすぎて、そういう給料の低い部下に、無理やり、
仕事を押し付けられなかったという弱点もあったのだが・・・。


社長がそういう考えなのだから、私とは考えがまるで違う。
私はこの会社にいては本当にダメになると思い、そのことが原因でその会社を辞めたのだ。


そして、腱鞘炎に近い状態になっていた私は、一時期デザインから離れるつもりでいた。


そして、新たにまったく畑違いの自動車販売会社に就職した。
その会社の宣伝担当という所にではあるが、実はその会社でもあまりうまくいかなかった。
前からその会社で宣伝担当をやっていた係長は、
自分がやりたくない嫌な仕事だけを、私に押し付けてきたのである。


自分の立場が追われると思ってそうしたのかどうかは分からないが、
とにかく、自分が一番難しくて、やりたくない仕事だけを選んで、私に廻してきたのだ。


そしてまた、仕事を教えるというのではない。
勝手に自分で考えて、勝手に自分でやれという仕事の廻し方である。
いくらなんでもそんな教え方はないであろう。
少なくとも入ってまだ1年もたっていない者は、その業種についてはまだ素人なのである。


他の、前からそこに勤務している若い社員も、
途中から入って来て、まだ仕事の内容をよく分かっていない者に対しては、
例え年上であっても、自分よりは経験が浅いのであるから、あまり良い気持では接してきてくれない。


親切に接してきてくれたのは女性社員だけであった。
それから、その前の宣伝担当をやっている係長を嫌っていた、
同じ部署で、この宣伝担当とは違う仕事をしていた別の係長の人だけである。


私を採用した人事担当部長も、その前の宣伝担当の係長を変える為なのか、
別の同じ部署の若い社員に、私に良く接してやってくれということを言っていたのであろう。


その社員が、顔と心は全く違っていても、急に親切に喋って来た時もあった。


いろんなことが重なって、やはりある程度年取った者の途中入社というのは、
その会社ではうまくいかないのだと判断し、もう一度デザインの仕事に戻ることを決心し、
その会社を辞めて、そして自分で個人デザイン会社を始めることにしたのである。



個人で仕事を始めるようになってからは、
しばらくは広告代理店の仕事を引き受けたり、いろんな所のデザインの仕事を引き受けていた。


どんどん仕事は増えていったが、なにしろ一人でやっているので、こなす数は限られている。
自分で仕事を引き受けた以上は、その仕事に対しての責任があるので、他の人には回せない。


しかも、以前の会社で知っていたように、社員を雇ったら安い給料で雇わなければ利益が出ないし、
その社員も実力を付けた後は、すぐさま今までやっていた仕事そのものを奪って
自分で独立開業してしまうような世界である。


つまり、デザイナーみんなが自分の自由な制作環境を欲している訳で、
若い社員は、まだそれだけ実力がないからただ単に雇われているだけなのである。
とにかく入れ替わりの激しい世界であるから、人を雇うなどということは毛頭考えていなかった。
人を雇えば、辞めた時の仕事の多さに苦労することになるし、
今度は別の人を雇うという必要が出てくるし、また、ある程度のレベルに到達するまでは
指導するのに時間がかかる。
つまり、自分が良い作品を作るという以前に、別の頭も使わなくてはいけないようになるからである。


独立して、たくさん仕事をやっている割には、営業で得意先に往復する時間や、
広告代理店から、他の企業との打ち合わせ会議とかに一緒に参加してほしいと言われると、
その会議に参加して、話を聞く時間を何時間も取られていると、
引き受けている制作単価は、それに費やした時間よりも、とても安いものになってしまい、
利益はそんなに出なかったのである。


これは、自営業を始めて初めて気がついたことだっとのだが、
これではいけないと思っていた矢先、
そこへ、以前勤めていた個人デザイン会社を辞めて独立自衛していたカメラマンが、
ある大手スーパー(ここでは名前は公表できない)が、優秀なデザイナーを探しているという話を持ち出してきて、私に声がかかり、
私はその大手スーパーのチラシ(B2サイズの大きなもの)のデザインを担当するようになったのだ。
これなら安定した収入が見込めると思って、その仕事を引き受けたのである。


当然ながらその仕事を引き受けると、今までやっていた他の広告代理店の仕事は、
同時に引き受けていては、一人ではできなくなる。
広告というのは、いつも期限が決められている仕事ばかりであり、
悠長に時間をかけてやっていられない仕事だからである。


それまでやっていた広告代理店の仕事は断り、
私は大手スーパーのチラシデザイン一つでやっていくことにした。


その仕事を十数年も続けているうちに、景気が良い間は良かったのだが
スーパーというのは、景気にもろに影響されるのである。
当然ながら、一時期あった大バブルに襲われて、そのスーパーの売り上げも激減し、
同時にデザインの仕事も激減した。


広告の仕事というのは、もっとも景気の影響を受けやすい仕事である。
景気が悪くなれば、真っ先に削られるのが広告予算なのだ。


あまりにも仕事が少なくなり、これではやっていけないというところまで収入は激減した。
私はこれではとてもやっていけないと思い、その大手スーパーの仕事を辞めて、
他の会社をいろいろと探していたりしたのである。


そこへ、以前からやっているその大手スーパーと取引をしていた印刷会社の営業マンが、
ほとんどスーパーの仕事から離れている私に、
自分の会社に入らないかと声を掛けてきたのである。


以前は、私はそのスーパーから仕事を直に引き受け、
その印刷会社を通して製作費などの経費を払ってもらい、
出来上がったデザインを、その印刷会社の営業マンに渡すという仕事の流れだった。


そして辞めていた時には、その印刷会社だけではなく、他の印刷会社の社長からも、
私に給料を41万円出すから自分の会社に入らないかと誘われていたのである。


そして、その印刷会社のデザインもやってみたり、
そこの営業マンと一緒に、大阪の仕事発注先に行って話も聞いたりしていた。


だが実際にやってみると、制作料金があまりにも安いのである。
カメラマンに頼んで写真撮影しただけでも、利益が出なくなるほど安いのだ。
その会社で制作の仕事をしている写植担当の若い人の話を聞いても、
レベルの高い仕事など、毛頭できるようなやり方の話ではない。


つまり、若い人誰もが考える、数をこなしさえすれば利益は出るという考え方なのである。
重要なところに手間暇かけて、それを早くできるような仕事に慣れていくという考え方ではない。


百貨店のデザインというのは、優秀なデザイナーだけではなく、
それに付随する写植オペレーターのレベル、カメラマンの撮影の腕の良さなども、
優秀なデザインをするためには欠かせられない重要な要素なのだ。
どれ一つがレベルが下がっても良いデザインはできない。


それに、その印刷会社で働いているベテランのデザイナーから話を聞くと、
その会社は、もう倒産寸前に追い込まれている状態であると聞いたのだ。


他の会社の社長に、その印刷会社を売却する話を進めていたのである。


そんな会社でいくら一人で頑張ってみたところで、すぐ利益が出せる体質に変えられるとはとても思えない。
例え出来たとしても、まったく一からの出直しである。
まともなレベルまで成長するには、とてつもない苦労が伴うであろう。


私は以前から取引をしていた営業マンの話の方を受け、
その41万円出すという会社の話を断って、
今までズッと取引していた印刷会社の方に入ることにした。
それよりも10万円以上も安い給料でである。


だが、その会社で面接を受けた時は、当時の人事部長から、正社員として入るなら、
今までの経験は加味されないから、給料はドンと下がるよ!!
契約社員として入るなら、今までの経験を加味した給料は払える
というので、そんなに給料が違ってはたまらない(その差はおそらく20万円ほど違う)と思い、
契約社員という形で入社することにしたのである。


その時に隣にいた前社長が、
別に契約社員でなくても、正社員で雇えばよいのではないかと、その総務部長に言ったのだが、
この総務部長は頑としてそれは受け入れなかった。


それに、その時の人事部長の説明では、
契約社員であろうと正社員であろうと、扱いは同じだ。
部長にもなれれば、役職に就くこともできるし、
扱いはまったく正社員と同じだ

という説明だったのである。


だが実は、
ここに、この人事部長が説明していることと、他の社員が考えている契約社員の認識には大きな違いがあり、その後の私の行く末をとんでもない方向に変えてしまう落とし穴が待ち受けていたのである。




---------続く







 
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私がグラフィックデザイナーを辞めた訳(2) 


それから、印刷会社に入って仕事するようになったのだが、


実は当然ながら、その印刷会社にもデザイン室というのはある。
ところが、そのデザイン室の部長をしていた楠○部長という人は、私が契約社員であり、
また、○○屋百貨店やその敵会社となる○○屋百貨店のデザインもしていたということを朝礼で発表したことから、それまでデザイン室でやっていた若いデザイナーとの釣り合いの関係で、年齢が上の自分をどういう立場に置くか、困ったのであろう。あるいは、契約社員ということだけでどう扱うか困ったのであろう。もしくは、チラシのデザインという面倒な仕事をデザイン室の中で引き受けて、その面倒な仕事がどんどん増えていくことを嫌がったのかも知れない。


自分のデザイン部署に私が入ってくることを嫌がったその楠○部長は、なんと、
チラシのデザインはデザイナーのする仕事ではない。
それは版下の部署がする仕事である
と言って、
デザイナーの私がデザイン室に入ってくるのを嫌がり、逃げたのである。


ホントに人間として、レベルのちっちゃい男だ!!ww
デザインの仕事と版下の仕事の区別もつかない人間が、
よくデザイン室の部長として勤まっているものだ。ww


チラシのデザインも、他の会社ならば、当然デザイナーがしている仕事である。
私はこの時点で、この楠○部長を完全に見下した。


私より年上ではあるが、○○屋百貨店でインテリアデザインを担当していたインテリアデザイナーである。
はっきり言って、印刷広告のデザインに関しては、このデザイン室の部長は、私よりもレベルが低い人間である。


そういうことがあり、私はデザイン室ではなく、版下の部署に配属されたのであるが、
実はこの版下の制作部長というのが、ゆくゆく私の立場を大きく変えてしまう製版出身の部長だったのである。



製版というのは、デザインの後、写植や写真を線を書いてある台紙に張り付けた後、その出来上がった版下を、フイルム加工して4色のフイルムに分版し、印刷機にかける前のジンク板に焼き付けるまでの前工程をする仕事である。
つまり、誰かが作ってくれた作品を製版フィルムに加工するだけの技術者である。
技術者は数をこなせばよいという発想しか持っていない。
レベルが高かろうが低かろうが、そんなことは関係ないのである。


例えて言うと、病院の薬局の人間が、医者というのは出来るだけ多くの患者を診断して、薬を出来るだけ多くの患者に渡せられるような診察をしろと、専門の大手術が出来る優秀な先生に、そんな仕事は他所に任せればいいと迫っているようなものである。


そして、この病院では手術のような時間のかかることをしないで、そんなことは他の病院に任せて、出来るだけ患者を多く薬局に廻して来た方が病院は儲かるのだと、薬局の人間が大見栄えを切って、医者の上に立って、偉そうに命令を出しているようなものである。



作品のレベルうんぬんなど、どうでもよいのである。
スポンサーに好かれようが好かれまいが、そんなことは外で営業もしたことがないからスポンサーの意向など全然分からないのであり、製版の人間には、この違いが全く理解できないのであろう。
つまり、数さえこなせればそれで良いという発想である。


そんな人間が前工程の制作の仕事など理解出来る訳がない。
つまり、前工程の仕事に関しては、全くの素人同然なのである。
ただ単に製版室から、その隣の制作の版下の部屋の仕事を眺めていただけで、前工程の知識も何も知らないのである。


いつも締め切りに追われた製版の仕事をしているから、チラシのような、締め切りギリギリの段階で入ってくる仕事は、製版の人間にとっては一番面倒くさく、ましてや、ギリギリの段階になっても、さらによく直しの追加が入ってしまうような仕事であるから、そういう仕事をやっている優秀なデザイナー程嫌いになっていたのである。


その上、優秀なデザインになればなるほど、その後工程の仕事も難しく面倒な作業になる。
前工程の仕事の素人であるから、そのようなデザインをすること自体が理解できないのであろう。


こういう毎日に追われ、いつも締め切りに追われ、時々夜遅くまで残業させられるものだから、
チラシのデザイナーというのは、この制作部長はもう最初から毛嫌いしていたのである。



私はこの優秀なデザイナー程嫌いだという製版出身の制作部長の下に配属された。



入った最初から嫌われていたので、その後も、この部長が上に就いている限り、私にはどうすることも出来なかった。
会社の規則に、部下は役職が上の人の指示に従うべしと明記された規則を、前もって読まされていたからだ。


そのように、デザインとは全く違う版下の部署に置かれようとも、私は黙って毎日頑張った。


今まで自営業としてやっていた仕事を、そのままこの会社の中で引き続きやり、
それ以外にも、私をこの会社に引き入れた営業マンが、それまでは外注に回していた仕事まで、私に廻してくるので、自営業としてやっていた時以上に沢山のデザインを一人でこなしていたのである。


私の頑張りのおかげで、この営業マンはどんどん出世していった。ww
実はこの営業マンは、私の恋人を奪い去るようにして結婚した男でもある。ww
(後日またいつか、この営業マンについても話を書くことにする。)


つまり、私以外には、そのレベルのチラシデザインを出来る人がこの会社には一人もいなかったのだ。
おそらく、私はデザイン料金だけでも、他の印刷会社の社長が提示してくれた41万円という給料の提示額よりももっと多くの利益をこの会社で稼いでいたであろう。


こうして頑張っているうちに、面接時に顔を合わした社長が私に教えてくれた。
「この会社の3階の制作室で、あんたほど利益を出している人は他に一人もいないよ!!」
「むしろ、今、中でやっている制作の人間を、全員解雇して、
 その仕事を全部外注に廻してもいいぐらいだ!!」
と。


私が入った当初の社長は、全然利益を出していないこの制作室のスタッフだけでなく、
そのスタッフに強く命令を出せない部長(デザイン室の部長と、この制作部長)には大きく失望していたのである。


この社長は朝礼の席でこのようなことを言った。


総務部長は、はっきりと言うことは言うし、良くやっているが、
その他のある部署の部長は、なんにも部下に対して言わない。 
こういう人間のことを、仏の地蔵という

と言って、全社員を集めた朝礼の会議室で発表したのである。ww


それを、朝礼が終わり、自分の制作室に戻ってきたこの制作部長は、
仏の地蔵だと!?(´;ω;`)プンプン と言って、自分に言われたことだと認識し、腹を立てていた。www



社長が言うのももっともなのであり、この制作部長が前工程の制作の人間に対して、
何も言わないのも、もっともなのである。


つまり、前工程の仕事を知らないから何も言えないのであり、
人が良すぎて何も言えないのとは全く意味が違うのだ。
自分の専門以外の知らない仕事をやっている者に対して、命令など出せる訳がない。
なにしろ、製版の仕事だけはプロであっても、それ以外の前工程の仕事に関しては全く素人同然なのであるから、言おうと思っても言えないというのが本当の所なのである。


そして、前工程の制作の社員に何も言わないから、そこで古くから働いている前工程の版下の仕事をしているおばさん連中は、だんだんと厚かましくなり、本当なら自分で全部残業してでもこなさなければ利益が出ないような安い仕事を、忙しくなるのが嫌なのか、それとも、安い給料に見合った仕事しか適当にしたくないのか、この素人の製作部長に、自分に部下をつけてくれといって、利益の出ない仕事の所にさらに若い社員を数人つけさせるのである。そして、利益の少ない仕事を、いかにも自分は一生懸命やっているように、部下に押し付けて、おばさん連中はゆっくりとした仕事をして、ただ単によく働いているように見せかけているだけなのである。


本当に年食ったおばさんというのは、ズウズウシイというか、ド厚かましくなるwww


この能無し制作部長も、利益を出していない部署のおばさんに、言われたら言われたまま社員を付けるものだから、さらに利益は出なくなる。このように前工程の仕事については何の知識もない素人を、前工程の指揮を執る制作部長に据えたのは、百貨店から降りてきた、これまた印刷会社の仕事を知らない総務部長である。制作のことが何も分かっていない人が人事を行うのだから、こんな前工程の仕事を知らない人が、前工程の指揮を取るという、おかしな組織が出来上がっていく。


素人が素人を部長に付け、その素人の部長がまた自分の知らないところの部署の采配を振るっているような馬鹿げた組織が出来上がっているのである。


その総務部長はこの製作部長と、以外と仲が良かった。


声の大きさ、見た目の雰囲気だけで部長が勤まるのなら、知識が全然ない素人でも誰でも、どんな会社の部長にでもなれるww ただ単に大きな声を出して、いかにも知っているような振りさえして、偉そうにしておけばよいのだから・・・。ww


こんなアホな会社見たことない!!www


ま、これもグループ系列の中の印刷会社であり、
その仕事もよそに奪われることはないのだから、
どんな素人が部長をやっていても同じではあるがww



そして、私が一人だけあまりにも利益を出しているので、
この村○総務部長は、他の人には絶対言うなよと言って、私の給料を1万円上げてくれた。
(今はその部長も、もう定年で辞めているから、このことはもう言ってもいいだろう)


そこで、社長は、何も言わないこの仏の地蔵の製版部長(私の上司となっている制作部長)を、私と部長を入れ替えるかと村○総務部長に相談したのである。


翌日から、この総務部長の私への観察が始まった。


当時私は、昼休みには運動不足解消と健康維持のため、卓球をしていた。
その卓球をやっている横の席にこの部長は座ってまで、何日間かは私のことを眺めながら観察していたのである。


だが、私は当時から独身でもあり、性格の優しさも今の部長と変わらないと判断されたのか、
それとも雰囲気だけで、部長には向いていないと判断したのかは分からないが、
この制作部長と入れ替えられることはなかった。この制作のことを全く知らない総務部長がそう判断したのだから仕方ない。ww


私が自営業を辞めたのも、人が良すぎるから利益が出せなくて自営業を辞めたのだろうと、その社長は言うのである。
おそらく制作部長と仲が良いこの総務部長が、社長にそう伝えたのであろう。
また、この制作部長に部長を変わって貰うということは、仲の良い自分の口からは言い憎かったのであろう。


しかし、その後、残念なことに、その経緯を総務部長から聞いたのかどうか知らないが、
この製版出身の制作部長は、ますます私を嫌い出したのである。


後から入ってきた契約社員が、正社員の自分の部長という立場を脅かしたということが我慢できなかったのであろう。
その後、私のいない蔭では、他の若い社員に、あいつは契約社員だから正社員のみんなよりも下だということをみんなにさかんに言いふらしていたのであろう。


どんどん他の正社員も、
最初は休憩室で私と顔を合わせるだけでも気まずい所に休憩しに入って来たという顔をしていた女子社員までもが、私を契約社員だと見下して、平気で大きな口を叩くように変わっていった。


私よりもはるかに経験が浅く、私がどんなに沢山の利益を出しているかも知らない癖にである。
そして、私が取引先の人の考え方なども、どんなによく知っているかも知らないのにである。
その若い女子社員は、新しく入ってきた他の女子社員のリーダー格のように知ったかぶりで振舞っていた。
時には仕事を廻してくる得意先の、トップの人の悪口さえ言っていたのである。


そして、その女子社員が、私の悪口を他の女子社員に伝えだしたのだ。
ある時は新しく入ってきた女子営業マンに、またある時は別の新しく入ってきた制作の若い女子社員に・・・。
この製版出身の制作部長が私は契約社員だから自分の方が立場は上だと吹聴するようになってから、私を好きになってくれていた女子社員までもが、その女子社員の考えに同調するようになったのである。


女というのはある人間がリーダー格となると、正しかろうが間違っていようが、それに同調しやすい傾向がある。


私が、カラー調整をしているベテランの人から、カラー調整しているラベルを、印刷物の余白部分に見えるように一度だけ印刷してパソコンでやっているカラー調整が、印刷後にどうなっているか試してもよいかどうかと聞かれ、そのことを、営業の女子社員を通さず、直接取引先のスーパーの仕事を廻しているリーダーに訪ねたことがあった。


そして、そのリーダーは、「まぁ1回位ならいいですよ!!」と言ったので、それをそのまま、カラー調整の人に伝えた。
そしたら、後日、その仕事の営業担当をやっている女子営業マンが信じられないほどの剣幕で、営業の自分を通さずに勝手なことをするなと、電話で私に食ってかかってきたのである。www


これも、その制作のリーダー格となっている女性と、朝から昼ごろまで、ズッとその女性の机の前に立って、立ち話をしていた女子営業マンである。その女性の考え方の影響を受けていたのであろう。
私はよく仕事もせずに、ズッと朝から昼まで長話を続けていられるものだと思って見ていたが、私に対する考え方が制作部長の進言で180度変わったその女性は、長話をしていても恥ずかしいともなんとも思わなくなっていたのであろう。


やがて、版下の仕事からパソコンに変わるようになり、パソコンを覚えるよう指示されたその女性は、
自分には出来ないと言って、自分から辞めていった。


当たり前のことである。
得意先から、この直しは文字の直しばかりを注意していて、肝心のところが全然直されていないと注意されたのだが、その事さえもその女子社員は理解できないのである。私はそれを聞いていて、そら見ろという気持ちで見ていた。
この女子社員が、私がデザインした仕事を自分を通さずに勝手に後ろに廻すと言って、あまりにもうるさく言うので、そんなに言うのであればと思い、それまで自分が直していたところでさえ直さないまま、その女子社員を通して、後工程に仕事が回るようにしたのである。
その途端、早速得意先から指摘され、その指摘されたことの意味も分からないのである。


これも、制作部長が、契約社員の私は、正社員の一番下だとその女性に言いふらしたことが原因である。


そして、この女子社員も、その女性と長話を続けていた女子営業マンも、やがて自分から辞めていった。


いくらなんでも、自分とは親子ほども年が離れているベテランの経験者を、入社してたった1年程度しか経験していない女性営業マンが、口汚く上から目線で罵倒したのである。
私は当然、その女子社員を嫌いになり、そして、その営業マンをしていた女子社員もそれに同調していて、自分が得意先で急に立場がまずくなったことに気がついたのであろう。
入って1年や2年程度の新米営業マンが、自分の父親ほども年が離れているベテランの人間に対して、上から目線で喧嘩口を叩くなどもっての他である。


私は、仕事を渡している得意先のトップのリーダーに、事のあらましをすべて話してやった。www


偉そうに言っている女子社員のお前より、私の方が20年以上も前から、何倍も得意先の人と親しくその考え方まで良く分かっているんだぞと腹の中では笑っていたのだ。つまり版下の校正をその女子社員がやっている時から、こんな直しをしていたら絶対に得意先から指摘されるということは、その直しを見て私はすべて分かっていたのだが、あまり自分を通さずに後ろに廻すと偉そうに言うから、その直しをせず、黙って任せていたのである。




私はその後、ずっと大手スーパーのチラシデザインを続けていたのだが、
途中からスーパーのデザインとは違う○○屋百貨店の営業をしていた人が、私がその百貨店のデザインの仕事もできないかという話を持ち出して来た。それまで、この制作部長は百貨店の仕事は社内でするという体制を作らず、すべて外注に廻していたのである。これも、優秀なデザインはすべて外注すればよいという考えからである。


スーパーのB2サイズのチラシデザインをやっていた私は、大きい仕事はとても一人では掛け持ちして出来ない。むしろ百貨店の仕事は今の仕事よりも時間が掛かってもっと難しいと、はっきり断ったのである。
つまり、何日もかかる仕事が2つも同時に重なった時は、とても締め切りに間に合わせるように制作するのはいくらなんでも一人では無理である。ましてや、百貨店のデザインというのは、デザイナーが写真撮影にも立ち会って、いろいろと指示して進めている仕事である。
仕事がダブった時は、どちらかの仕事が一人でやっていると締め切りに間に合わなくなる。
そのような仕事と、大手スーパーのチラシデザインとを、
たった一人で、両方の仕事を掛け持ちでこなすのは、はっきり言って不可能だということを当時の営業部長や社長がいる前で伝えたのだ。


そして、何日か後には命令が下りた。
この制作部長は初めて私に部下を付けてくれた。
社長からの命令であれば、この制作部長もその命令には従わなければならくなる。www


ていうか、部長職に就いているのなら、そんなこと位、自分で気付けよ!!
人から言われなければ分からないなんて、どんだけド素人の部長なんだよと思っていた。ww


優秀なデザインなど印刷会社の中でしなくてもよい。
そんな仕事は全部、広告代理店や個人で自営している外の優秀な人間に外注して、中ではレベルが低くても安い仕事でも、数さえこなせば、それで印刷会社は儲かるんだ

というのが、この制作部長の考え方の信条なのであり、だからこそ、利益の出る仕事はすべて外注に廻すのである。
何が会社にとって一番利益の出る仕事であるか?そして、どの制作の仕事がどういう単価の制作料金になっているのか?その制作料金のことなど全く知らないから、こういう考え方をするのだ。


私がもしも制作部長であったなら、むしろ全く逆のことをする。
つまり、利益の出る単価の高い仕事ばかりを社内でこなし、利益の少ない仕事はできるだけ外注に廻すであろう。


そして、初めて私に新しく部下を付けられたのではあるが、
まったくの初心者に、最初から教えるのであるから、とても期間がかかる。
とくに、最初からレベルの高いデザインなどはっきり言って初心者に出来る訳がない。
経験を積んでいる中の他のデザイナーでさえも出来ない仕事なのである。
デザインの仕事というのは、おそらく5年以上かかってやっと1人前になれるような仕事である。


私は今まで外注していた小さなスーパーのチラシデザインを担当してもらいながら、やり方を徐々に教えていたのであるが、1年もすると、それまで私がやっていた大手スーパーの中の制作室に出向していた女子デザイナー社員が、当時、あまりの仕事の多さと大変さに辞めてしまった。


そしたら、私が教えていたこの女子社員を、制作部長はその辞めたデザイナーの代わりにそちらに送り出したのである。
そして、次に入ってきた女子社員は1カ月で教えてやってくれと言って、
また、私に指導させたのであるが、4.5年はかかってやっと一人前になるような仕事が
たったの1カ月で教えられる筈もない。


むりやり強引に教えているうちに、私はその女子社員から嫌われてしまったwww


そして、2人ともそのスーパーに出向社員として出てしまった後は、
私はまた、いつものように、一人でやるパターンの仕事に戻ったのである。



こうして何年か経つうち、別の新しい社長が○○屋百貨店から社長とし降りてきた。
人事を担当している総務部長も全く別の新しい人が他の会社から変わってきた。



--------続く




 
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[edit]

私がグラフィックデザイナーを辞めた訳(3) 

そして、新しく別の社長に変わったら、今度はその社長は部長の意見を聞きながら、
どういう会社にしていこうかと考える。
今までの前社長の私に対する評価など、完全に白紙に戻ってしまい、これはいいチャンスだとばかりに、
私がやっていた一番利益が出るデザインの仕事をすべて外注に廻して、私が仕事が出来なくなるようにすれば、私の評価は落ちるだろうと思い、すべてを外注に出すことを考えていたのであろう。


実はその時に社内で引き受けて女子社員にやってもらっていた別のスーパーの仕事を、
この女子社員をスーパーに出向させた後は、この製作部長はその仕事を外注に回した。
ここで、制作のことを知らない部長は、初めて仕事を外注に廻すことを覚えたのである。


その後、この制作部長にとっては、今まで自分を悪く言っていた社長は変わり、
待望の別の次期社長が○○○百貨店からこの印刷会社に降りてきたものだから、
これは、この制作部長にとっては天の恵みに見えたのであろう。ww
それまで、私の実力を知っていた人はすべていなくなり、
新しく自分の意見だけを参考にしてくれる別の社長や総務部長が変わってきたのであるから・・・。


この社長も恒例のごとく、印刷のことに関しては全くの素人であるから、
それまで部長をやっていた人の意見を参考に、この会社を自分の思うように変えて行こうとする。
そして当然のことながら、新しく入ってきた総務部長も、他の系列ホテルで経理をしていた人が変わってきて、総務部長として就いたのであるから、この人もこの部長の意見を参考にしようとする。



その後何年間かは相変わらず私はそれまでの仕事を続けていたのであるが、


ある時期を境にコンピューターで処理する時代に変わってきた。


今まで紙に描いてデザインしていたやり方が、どんどんコンピューター化されて来たのである。


製版の仕事はどんどんなくなり、すべてをパソコンでやるようになってきた。


この制作部長も最初はパソコンを覚えようと必死に頑張っていたようであるが、
パソコンの仕事そのものは、製版の仕事ではなく、前工程の仕事ばかりである。
製版出身の人間には自分がやったこともない前工程の仕事など出来る訳がない。


他の会社であるならば、まず経験者にそれを覚えさせて、それを、まだ制作の未経験の者に指導させるようにするのが普通であるが、この製版の部長は、前工程の仕事に対しては素人であるから、若い人のほうがパソコンは早く覚えられるだろうといって、実際に経験を積んできたベテランではなく、若いまだ未熟な仕事の経験の浅い連中に、最初にパソコンで作業するような組織にしたのだ。


ここでも、制作のことを全く知らない人が組織を作っているということがはっきりと現れている。


自分には全く出来ないと思ったこの制作部長は、
「よろしく頼むよ!!、まかせたよ!!」と言って、部長がやるべきその部署のリーダーの仕事を、その若いデザイナーに全部丸投げして逃げたのである。


自分が出来ないから、他人に丸投げする。ww


そして、その仕事から逃げ、
制作部長は、一番後工程の校正の仕事をしていた。



途中でパソコンを覚えなければならなくなった製版の年取ったおばさんなどは、
もうパソコンなんてものは覚えられないし、こんな難しい仕事はやる気がしないと言って、中にはすぐ辞めてしまう人もいた。
そして、制作の中の版下の部署にいる厚かましいおばさんも、最初はパソコンを覚えようとしたが、自分には出来ないと知ると、自分に付けられた若い連中に、すべてその仕事を渡して、自分は後の校正だけをするようになった。


みんなパソコンが覚えられなければ、そこから逃げて、自分は校正だけをするようになる。w
おばさんというのは厚かましさにかけては天才である。www
いかにも教えているような所に時間をかけて、実は肝心なところではそんなに頑張っていないのである。
だから、いくら残業しても利益など出るはずもない。


そんなことも分からないこの制作部長は、能力のない人を野放し状態である。
何にも言わない、ホントの仏の地蔵である。www
製版の仕事はどんどんパソコンに奪われていき、この製版部長(制作部長)も、自分ではパソコンを覚えようとしていたが、あまりの難しさにとても覚えられないと思ったのであろう。


私は手書きのデザインの合間に一生懸命パソコンを覚え、
後からではあるが、一応パソコンでデザインがこなせるようになり、パソコンでどんどん今までの仕事をやっていたのであるが、残念ながらパソコンでやるということは、その後工程の製版に属するパソコンのことも理解しないといけないということであり、当時は中々スムーズに最後までは出来なかった。


なんとかその後工程のパソコンも理解し、最後の紙焼きプリントアウトの段階まで、すべて一人でやっていたのである。
一番前のデザインから、一番最後の段階まで一人でこなしていたのは私だけである。


ところが、そこまで仕事が増えると、今度はいままで手書きでやっていたスーパーの差し替え店舗の広告制作まで一人でやらなくてはならなくなった。他の人が誰も出来ないからである。当然締め切りギリギリまで作業するようになり、時には徹夜になることもあった。


実は他の会社であるなら、それだけ忙しくやっていたら、その人の下に部下でもつけて、スムーズに仕事が回るようにするのが部長の役目だと思うのであるが、制作のことを知らないこの制作部長は、それまで私がやっていた仕事全部を、外注に廻して、私が仕事を出来なくなるようにした。


そして、私にパソコンの文字入力の仕方を聞いていた、私よりも若いデザイナー(正社員)の下に、私を付けたのである。


そして、この男は契約社員だから、出来るだけ利益が出ない面倒な仕事だけを渡せばよいと、そのデザイナーに指示したのであろう。


このデザイナーは、私にハガキや、ダイレクトメールの文字が入りきらないほどいっぱいある一番利益の出ない手間暇かかる面倒くさい仕事だけを選んで、私に仕事を渡すときは手をブルブル震わせながら、原稿を私の机の前に置いて指示してきた。


私は、明らかに私よりはデザイン経験が少ないそのデザイナーが持ってくる仕事も一番良いデザインをしていた。中には、スポンサーから完璧なデザインをしていただきありがとうございましたというお礼のはがきまで会社に送って来たところもある。このようなことは、おそらくこの印刷会社始まって以来だろう。


パソコンで作業するようになってからは、まだ若い、他の会社では新入社員でベテランのデザイナーからいじめられながらパソコンを教えられていた、私より後からこの印刷会社に入ってきて、ただ単にパソコンが詳しいというだけの、まだ未熟な秋○という男を、この制作部長は、自分の代わりにその制作室のリーダーとして据えたのだwww 自分が前工程の制作の仕事が出来ないから、その仕事を丸投げする形で全部若い社員に渡す。あきれてものが言えない!!これこそ、まさに能力0の制作部長ではないかww


このリーダーに据えられた別の若いデザイナーと呼ぶべきか、あるいはデザイナーもどきというべき若い男の下で私は働くようになったのだが、前々からデザイン室でデザイナーをやっていた別のデザイナー社員は、私と同じように後からパソコンを覚えながら、時には私にパソコンの文字の入力の仕方を教えてもらいながらやっていた。


リーダーとして据えられた若い男が、私に、「○○さんはどういう組織にしたいと思っているのか?」と聞いてきたから、
「チラシのデザインというのは分業制にしなければ、とても早くはできない。とか、文字は一文字一文字詰め打ちした方がいいとか、最初は机の上で紙におおまかなラフを描いて、それを元にパソコンで形にしていかなければ、まともなデザインは出来ない」と、進言したのだが、この若いまだ未経験なリーダーとして付けられた者には、私の言うことがよく理解できなかったのであろう。


パソコンで文字を詰め打ちすると、後の直しが面倒になる。
後の直しが面倒になるから、そんなやり方はしたくない。


それに、机の上でラフを書いてやるより、いきなりパソコンでやったほうが早いという考えなのである。


まさに他の会社でも、レベルの低い写植のオペレーターが言っていたのと同じようなことを言っている。
数さえこなせば利益は沢山出るとか、出来るだけ難しいやり方ではなくて、
簡単なやり方をした方がいいという考えである。
私はそれまでの経験から、難しい仕事のやり方であっても、それに慣れれば早くいいものが出来ると思うのだが、まだ若いリーダーにはそういうことを言ってもそれが理解できないのである。


30年も経験してきたベテランのデザイナーの考えなどあまり参考にしようとせず、
自分がリーダーなのだから、自分の考えに従えという訳である。
まだ未熟な自分の本当の実力も知らずに、リーダーに据えられると急に偉そうに変わるものである。www


そして、私に、パソコンでデザインをやっている若い社員にデザインを指導してほしいといった。
だが、私が最初にこのリーダーに説明したことは、
最初はせめて机を3つぐらい揃えてそこで最初のラフを描いてという所が抜けているのだから、とても、最初から全体のデザインを考えるというところから説明できるものではない。
その、机を3つ位用意してということもしないのだから、そこから先に進まない。
私は説明する環境を作ってくれないから、そのままパソコンをやっている若い社員にデザインを教えないで、今まで紙焼きでやっていたマークなどを、パソコンデータとして取り込めるようにデータ化する作業ばかりやっていた。


そしたら、そのリーダーに付けられた男は、私があまり教えないものだから、最初にパソコンを覚えて別のインターネット事業部に変わり、その仕事を担当していた男に、私がほとんど教えないから代わりに教えてほしいとでも言ったのであろう。その男は得意満面になって、上の階に上がってきては、時々パソコンで教えていたが、その男も、まだ学校を出てそれほど経験していない男である。
そんな未熟なデザインで、他の会社との競争に勝てるデザインが教えられる訳がない。ww


挙句の果てが、このリーダーとなっている男は、隣の写真の画像調整の仕事をしているそのリーダーと同い年ぐらいの若い連中に、自分の方がリーダーなのに私が自分勝手なことばかり言う。私の方がリーダーとしての自分の指示に従うのが当たり前だと吹聴していたらしい。w


あーーあーー、パソコンさえ詳しければ、今までの経験の差などはどっちでもいいのかよww


私の経験のあるデザインの仕事のやり方には耳を傾けようともしない。
チラシのデザインよりもパンフレットの仕事を沢山する組織にしたい、というから、私は言ってやった。
印刷会社で一番利益が出るのはパンフレットではなくてチラシの方だよ!!チラシの方が刷る枚数も多いし、全体の利益でいえば、パンフレットよりもチラシの方が断然印刷会社の利益は違ってくると。だが、自分の方がリーダーになっているのだから偉そうに言ってくる私の意見が気に入らなかったのであろう。


これだから、まだ経験の未熟な人は教えても困る。
レベルの高いデザインをしていた者が、レベルの低いデザインの仕事のやり方に合わせなければならないなんて・・・。


私はもう完全にやる気を失ってしまった。


私は、1日の時間さえ過ぎていけばよいというようなあきらめムードの仕事をするようになった。


それまでやっていた大手スーパーの仕事は、この制作部長が全部外注に出して、私の仕事が出来なくしているし、それまで、デザイナーの長として他のデザイナーに仕事を廻していたもう一人の若いデザイナーも、私がマークなどのデーター化作業をしているので、デザインの仕事なども廻してこなくなっていたのである。


というより、その男もパソコンでデザインが出来るようになるまで、パソコンを必死で覚えていたのであろう。
そのデザイナーの下に付いていた優秀な女子社員のデザイナーも、ページ物のデザインをしているのに、そんなのお構いなしにどんどん他の仕事を渡してくるものだから、その女子社員も頭にきて辞めてしまった。ww


つまり、今までそのデザイナーの下について仕事をしていたデザイナーは一人もいなくなった訳だ。


その後、パソコンが出来ないこの制作部長は、一番最後の校正という仕事をやっていたのだが、
新しく代わってきた社長から、リーダーがミスを犯したら、すぐ次の人をリーダーに変えると朝礼で訓示された途端、このまま校正の仕事を続けてやっていたら自分はすぐミスを出してしまうし、すぐ変えられると気が付いたのだろう。前工程の仕事を一度もやったことのない人が完璧な校正など出来るはずもない。


その校正の仕事を、古くから百貨店の営業をしていたベテランの営業マンにすべて丸投げする形で渡して、
自分は、その仕事からサット逃げたのである。ww


逃げることにかけては天才である。www


さらに他の仕事が出来ないと分かると、一番前の営業が取ってきた仕事を、自分を通して後に廻すという窓口を勝手に自分で作りだして、それまで営業の仕事を引き受けて製作に廻していた人にさらに渡すという、まるで、2重のバケツリレーのような部署を自分で作って、そっちに逃げて行ったのである。そんな一番前工程なら、何も責任が掛ってこないからだ。ww


制作の仕事がパソコンで出来ないと分かると、若いリーダーを勝手に作って、
自分はさっとその部署から逃げ
校正の仕事をやっていて、社長からミスを犯したらすぐリーダーを変えると言われたら、
その校正の仕事からさっと逃げて他の人に渡し、
制作の仕事が上の人から聞かれてそれに答えられなければ、自分の立場がまずくなると思えば、
毎週制作のリーダーを集めて何時間も会議をして、その知識を上の人から聞かれた時の予備知識として吸収するための会議を開く。まさに制作の仕事を知らない、自分の部長という立場だけを守るために必死になっているような部長である。百貨店の営業担当をしている営業部長も、その会議を横の部屋で見ていて、何をしているのかとあざ笑っていた。この人も自分が持って帰った仕事を全部外注に廻すから、この製作部長を軽蔑していたのである。
逃げて逃げて逃げまくっているのであるが、それさえも、他所から変わってきた社長は気がつかない。


こんな部長という役職だけを失いたくなくて、そこに縛りついて、何の能力も発揮できない制作の素人部長を、よく気が付かずに、いつまでも野放しでいられるものである。www


アッハッハッハ!!
もうあきれてしまって、アホもここまで来ると、もうどうしようもないという感じ!!ww


その毎週やる会議の席で、パソコンのリーダーに付けられた若い男も、
前からデザインをやっていた他の若いデザイナーのリーダーも、
そのリーダーだけを集めた会議の席で、私のことを、あの人は自分は扱いにくいから自分の下には付けてほしくないとでもその製作部長に言ったのであろう。ww


その何日か後に、この制作部長は、私に一寸話があるといって会議室に連れて行った。
そこで、私は新しく変わってきた総務部長(人事兼)の前で、あなたはこの会社が必要としていないのだと言って、首を宣告されたのである。その隣に座って、ニタニタしながら私を見ているその制作部長の前でである。私はそのニタニタ顔を見て、こいつだけは絶対に許せないと思った。


こんなバカな会社はいてくれと言われても私の方から辞めてやる!!


そして、あまりにも腹が立った私は、辞める前に社長室に行って、社長に言ってやった!!


私はこの会社に必要ないと言われたけど、
本当に、この会社に必要がないのは、あの川○部長の方ですよ!!


一番利益を出している私の仕事を全部外注に廻して、私を仕事が出来ないようにしたばかりでなく、
私が契約社員というだけで、一番若いデザイナーの下に付けて、辞めさせるように持って行き、


そして、自分は一番前の営業が持って帰った仕事をバケツリレーのように後ろに廻すだけの部署を勝手に作って、そこに収まっている。いてもいなくてもこの会社の利益には全然関係ないような仕事の仕方をしている。


むしろ、あの川○部長の方を、即刻首にした方が、給料分だけでも会社にとっては利益が出るぐらいですよ。


一番利益の出る仕事は全部外注に出して、利益の出ないような安い仕事ばかりを中でやるから、
その残業代ですら稼げない、残業ばかりが多くなるような、
少数精鋭とは全く逆の、多数劣鋭とも言える組織を作り出しているのが、あの川○部長ですよ!!


あの人は、能力とは全然関係ない自分の好き嫌いだけで人事をしている。
いくら仕事が出来ていても、自分が嫌いな人だと他の部署に追い出すし。そして、能力とは関係なしに自分の言うことだけを聞くような人をその仕事に付ける。仕事が出来ようが出来まいがそんな事とは全く関係なく、自分の好き嫌いだけで人事配置するようなことをしている。


そして、自分が仕事が出来なくなったら、いてもいなくても利益には全く関係のないような
バケツリレーのような部署を勝手に作ってそこに収まっている。


一番会社に必要がなくて辞めさせた方がいいのは、私よりもあの川○部長の方ですよ。
むしろ辞めさせた方が、給料を払わなくていいだけ、会社に取ってはその給料分の利益が出る位です。



と、早口で言ってやった!!


そしたら、社長が言った。


契約社員というのはそういう立場なのだから・・・・・。


そして、こうも言った。


私が朝礼で言ったでしょ。リーダーがミスをしたら他の人にすぐ代わらせると、


それから、前の営業部長を首にしたけど、あれは間違いだった。
長いことやっている人を首にしたのはやっぱり間違いであった・・・
と。


私は腹の中ではこう思っていた。
この会社に入る時の人事部長の説明では、契約社員であろうが正社員であろうが他の社員と立場は全く変わらないと説明されたのに、その説明は全然違っていたではないか、ということと、
その営業部長が利益を出していたのは、私が入社した後に、前の社長にこういうやり方をしたら一人分の給料などあっという間に利益が出て浮かせられますよと説明していたことを、前社長が、そのあなたがまさに首にした営業部長にやらせていたから利益が出ていたんですよ。その人が辞めたら、私がこうした方がいいという仕事をする人が誰もいなくなったからその利益が出なくなったんですよ。と・・・・・。


そう、社長に教えてやりたかったのだが、もう私を首にした会社である。
これ以上、私の口から前営業部長がしていた利益の出し方など、さらにこの社長に教えるつもりもない。
(私はこの社長は嫌いではないのだが)


こんな制作の仕事の素人を制作のトップに据えているような会社など、こちらからお断りである。
(`・ω・´)キリッ


私は、この川○部長が前工程の制作の仕事に関しては全くの素人であることや、パソコンでやるようになったら何も自分に出来る仕事がなくなったことや、ミスを犯したらすぐトップを変えると言われた途端、さっとその校正の仕事から逃げるようにして他の人に丸投げして逃げたことや、営業が持って帰った仕事をバケツリレーのように沢山の人を介して渡していれば自分には何の責任も発生しないし、その説明を多くの人を介してバケツリレーのように説明を伝えていれば、それは、ますます余計に間違った説明で伝わっていって、よりミスが出やすいことなど、制作のことを何10年も経験した者でなければ、その違いは分からないということをその社長に伝えたかったのだが・・・・・・・。


その時は、もうこの会社が利益が出ようが出まいがどうでもいいという気持ちになっていたので言わなかった。


あなたは何年やっているんですか?と社長が聞いた。
私はこの会社では10年位ですと言ったが、経験年数だけで言えば、本当はこの川○部長とほとんど変わらないほどの年数を
デザイナーとしていろんな所で経験してやってきたのだとも言いたかったが、それも言わなかった。
もう印刷会社のことがよく分かっていない人に詳しく説明するのも、あまりにも馬鹿らしくて、言う気力さえ失っていたのだ。


もしもできるなら、この社長と別の日に昼の昼食時間に2人で外に出て、この川○部長がしていることを、より詳しく話しをしてもいいと思った。
もしもすべてのことを、この社長に詳しく話していたら、この社長も納得して、
こんなことをしている川○部長は必ず首になっていたであろう。


ただ単に部長職というものだけを失いたくない為に、逃げて逃げて逃げまくっているような仕事をしている制作部長である。、製版以外の前工程の制作に関しては、全く素人と変わらない無能な人間が、声のでかさと、見た目の雰囲気だけで、部長につき、制作の組織を自分の好き嫌いだけで適当に人事配置を行っているようなそんな人間を、そのまま雇っているのである。




社長室でその話をしていると、その隣は営業の人が集まっている部屋だ。
その部屋の中の離れた所に、この製作部長(川○)もいる。


この川○部長が、「仏の地蔵だと!!」プンプン と言っていた言葉や、
よその優秀なデザイナーを取り上げて、ボロカスに隣の部屋で話していたその声も、
そして、また、部屋に入ってくるなり「クソ!!全部パソコンでするようになって!!」と言っていた言葉も、
私が離れたところで聞きとれていた、それと同じ位の離れた距離で、社長室で話しているのだ。


詳しく言いたくても大きな声で話せないということもあり、
私は言いたいことの10分の1も言わずに社長室を出た。


そして、残りの日にちをすべての有給休暇を使い果たして、私はこの会社をスッパリと辞めたのだ。
というより、首にされたのではあるがwww


この川○部長が、私が辞めた後は仕事を廻してもいいよと言ったが、私は
「アホか!?どうして私がお前の仕事を手助けしてやらなければならないんだ!!自分の胸に手を当てて、自分が私にしてきたことを良く考えてから物を言え!!」
と、心の中では叫んでいたが、黙っていた。www


こうして、私はグラフィックデザイナーを30年以上も専門にやってきて、最高峰ともいえる百貨店のデザインまで実力を付けた後に、全くデザインの仕事すら全然する気力も起きなくなって、デザインの仕事から完全に離れてしまったのだ。


所詮、何十年もいろんな会社で経験を積んできたデザイナーと、まだデザインの仕事をやり始めたばかりの経験を積んでいない若い初心者のデザイナーでは、考え方があまりにも違いすぎて通じないのである。
この若くしてリーダーに据えられた秋○という男も、一度他の会社で、何年かベテランについて教えてもらえば、私が言っていたことも理解できるようになるであろうが、そういう人に教えてもらっていない間は、いつまで経ってもレベルは低いままである。
そして、自分が言っていたような簡単な仕事の仕方をしていたら、どんどん他の会社に仕事を奪われて行ってしまうであろう。


ベテランの経験者に教えてもらうからこそ、レベルは上がるのであり、そのベテランに教えてもらえない間は、所詮レベルはいつまで経っても低いままである。例え、何年経とうと、何十年経とうとも、数をこなせばすべて利益につながると思っている間は、この制作の素人の川○部長となんら変わらないのだ。ww


かくして、この印刷会社は営業マンがせっかく取ってきた大手ホームセンターの、より一番利益が出る大きな広告の仕事はあっという間に他所に取られ、大きく売り上げが減少した。


アッハッハッハ!!


私は笑ってやったね!!



私が辞める前、営業マンが校正用のカラーコピーに、写真の大きさを、自分でこういう風にもっと大きくとか指示を書き込んでいるのを見たけど、この会社にはもう良い仕事など回ってこないだろうなと思った。
デザインの素人の営業マンが、デザインの指示を書き直しているのである。ww
つまり、私のデザインに慣れ親しんでいた営業マンでさえ、そのレベルの違いが分かるのであろう。


案の定、私が辞めて何年も経たないうちに、この印刷会社にデザインを頼む所は、グループ系列以外の会社はほとんど頼まなくなったそうである。


さらに、私が何十年も続けてきたデザイナーをスッパリと辞めた原因は、
もっと別なところにもあると、またいつか書こうと思う。


この後、その川○部長がどうなったのかはその会社には一度も行っていないので分からない。
私より1つだけ年上であるから、今はもう会社を辞めて年金生活をしていることは間違いない。


だから、知っている人がこのブログを読めば、誰のことかすぐ分かるであろうすべての真実だけを、
いつまでも記憶に残しておく為に、今頃になってこのブログに書き溜めることにしたのである。




 
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